「トマティス物語」で、波乱万丈の人生を送った博士の自叙伝「耳と人生」を読んでいきましょう。
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TOMATIS物語

 

「耳と人生」
第T章 黄色い靴 その1

 「ほっときましょうよ、もう死んでいますから」
 その意味は理解できなかったにしろ、それが私の耳に聞こえてきた最初の言葉だった。 私は六ヶ月半の早生児として生まれた。体重は1,300グラムしかなかった。あんまり小さかったので 手の施しようがないと思った産婆は、私の右耳をつまんで引っ張り上げ(その時の痣は未だに残っている)、籠の中に入れてしまった。もし、父方の祖母が付き添っていなかったら、私はそのまま死んでしまったかも知れない。

  祖母は何度となく出産に立ち会った経験があったから、そんな事態にも十分に慣れていた。みんなが嘆き悲しむ母を慰めている間も、祖母一人だけは籠の中の私を蘇生させようとしていた。この素晴らしい祖母こそが私の命の恩人である。私は少年時代、この祖母からこの上なく大きな影響を受けることになった。
 私は死に瀕した誕生の体験が、今の仕事の方向を決定したのだと確信している。それは胎内の生命にかかわる仕事である。私が世の人々を救うために、胎児が胎内で遭遇する重大な出来事を再現するという仕事に着手するようになったのは、とても偶然とは思えない。私の研究者としての使命は、ニルヴァーナ(涅槃)を求めた結果、余りにもあっさりと胎外に弾き出された未熟児という状況の中ですでに運命づけられていたのだろう。

 私こそ、学問が捉え難いものとして対象から除外してきた体験を知的方法によって再現する典型的な研究者ではないかと思う。もし私があと二ヶ月半、母の胎内にいたとしたら、何を発見することができただろうか。この質問や、それに続く多くの質問に答えることは、胎内で過ごす大切な期間に起こった出来事を理解しようと試みて得た成果に、何らかの現実的な意味を与えることなのである。
 この早過ぎた誕生は多くのファクターに結びついており、それが幼年期ばかりか、成人してからの私にも影響を与え続けた、と付け加えてもよい。ここでは奇しくもそれを裏づけてくれる例を、一つだけ挙げておこう。
私自身はまだはっきりと理解できないのだが、私の誕生はどうも望まれたものではなかったらしい。
私を産んだとき、母はわずか十七歳だった。母と父の結びたつきは、果たして好ましい結果だったのだろうか。その点は全く明らかにされていないのだが、いずれにしても、私が生まれたことで、両親にもその周辺にも問題が生じたに違いない。

 妊娠を気づかれないように腹部を圧迫した母の心に、この「厄介者」を早めに外に出してしまいたいという衝動が加わったのだろう。母体は、その心理的葛藤の中で、私の存在を消してしまおうとする収縮運動を繰り返すようになった。それを手伝ったのが、丈夫な鯨骨で覆われた当時のコルセットなのである。
 この収縮運動と圧迫効果が相まって、私は早生児となった。それから四十年の半生を、私はきつい服に締めつけられ、ベルトで体を二分され、窮屈な靴を履かされて、まさに圧縮されて生きてきたのだった。夜になると八枚も毛布を掛け、その重みを感じながらようやく眠る。寒がりなのではない。
私はただ、私を取り巻く世界が私を圧迫してくれることを好んだのだ。それが、私が母の胎内で知った、生きる条件の再現なのである。

 当時の私は、自分自身の体の中でも圧縮されていた。見かけは痩せていたが、皮膚の下にはキルティングのように脂肪を詰め込んでいた。なかなか高密度の脂肪だったから、体重は120キロあった。
 胎内の再現ということに気づいたのは、ある朝、ボーイングの機内でのことである。私は出産前の生命とフィルターにかけた音との関係について報告するためにカナダに向かう途中だった。その時、飛行機はラブラドール沿岸の上空を飛んでいた。光と音が醸し出す独特の雰囲気の中で、突然、私は胎内にいるような錯覚に陥った。そして、巨大な重力で圧迫されるのを感じた。何かが私にのしかかり、ぐんぐんと締めつけてくる・・・・・。そこで私は、初めて圧迫感を求める私欲求の淵源を知ったのだった。しかしそれ以来、二度と同じ体験をすることはなかった。

 私が薦めに応じて自伝を書く気になったのは自己顕示欲からではない。また誰でもが甘い気分に浸ることのできる、若かった頃の映画を再上映する楽しみからでもない。それは私の行動の連鎖ばかりでなく、私の極めて抽象的な精神作用のすべてが、その深いところでは事件ともいうべき誕生の条件、出生にまつわる感覚、感情、覚めた思考、地の底から湧き出るような思いの数々、根源的な要求と蜜やかな欲望、そしてその後の幼児体験に結びついているという拭い去りがたい直感からなのである。
 結局、私は、出生の状況を通してしか自分が何であったかを発見できないし、発見したこともない。この個人的な旅は、私自身の単なる人生行路ではなく、人間でありたいと願うすべての人が、見えない導きの糸に手操られながら辿る旅路でもあるのだ。

*禁無断転載

 

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