母国語の違いによる音色知覚の差 トマティス学術論文
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母国語の違いによる音色知覚の差

村瀬邦子
トマティスジャパン株式会社

THE INSTITUTE OF ELECTRONICS,
INFORMATION AND COMMUNICATION ENGINEERS
社団法人 電子情報通信学会信学技報
TECHNICAL REPORT OF IEICE SP97−113(1998−02)


あらまし

聴覚訓練機器電子耳を使って、英語、仏語、独語、米語、日本語を母国語とする披験者たちに同5つの言語パラメータをそれぞれに与え、英語を発声する時の知覚や印象、また英語の5 通りの聴き取り方による受聴知覚および好みを調べ、母国語がどのように影響を与えるかを調べた。
その結果、英語の発声に関しては、イギリス人、アメリカ人、ドイツ人など、高周波成分を含む言語を母国語とする在日外国人は日本語または仏語の言語パラメータでの発声が楽で、中・低周波音域の言語を母国語とするフランス人および日本人は英・米語のパラメータが容易であった。英語の受聴に関しては、在日年数の少ない外国人を除いてすべての被験者が仏語と日本語のパラメータを好んだ。
キーワード 電子耳、パスバンド、包絡曲線、反応時間、プリセッション、音響インピーダンス     

Differences of sound and timbre perception according to mother language         
Kuniko Murase       
Tomatis Japan Inc.      
Roi Roppongi Building 5-5-1,Roppongi,Minato-ku,Tokyo 〒106・0032       
TEL:03−3404−4391 E−mail:tomajap@db3.so-net.or.jp Abstract    

With the Electronic Ear(listening training machine),we tested sound perception and the feelings of subjects from five different nation alities during English reading,then English listening,giving them parameters of English,French,Dutch,American, and Japanese languages.  
Given the results,English,American and Dutch subjects(residents in Japan),high pass band  languages,Preferred when reading,French and Japanese Parameters,low pass band languages. French and Japanese subjects preferred English and American parameters;they claimed it was easier to read.
For English listening,all resident subjects preferred low pass band parameters
(French and Japanese languages).

key words : Electronic Ear−Pass Band−Retard−Precession

1.まえがき

世界の民族言語には、各々異なる音声特性があり、社会的な要因による影響は別として、その特性を音色として捉えた時に民族によって受ける印象や好みはまちまちである。
その原因として、我々は母国語のピッチやラウドネス、音色を基準に心理尺度を構成しているものと思われる。本研究は、この心理尺度が言語を変えることによって、話者の発声知覚と聞き手の受聴知覚がどのように変わるか、イギリス人、アメリカ人、ドイツ人、フランス人、日本人の5カ国のネイティブを対象に実験を行ったものである。 
この実験はそれぞれの民族が異なる5つの言語を体験して好みを評価し、民族の耳によって快い音声と不快な音声があるかどうかを調べ、民族によって言語音の好みの差があるかどうかを調べるのが目的である。他者との会話において、話の内容よりも表情や声常によるパラランゲージの要素が第一印象を決める湯合が多いが、それは、空中に発せられた音声に身体が即座に反応するためである。
即ち、声が聞き手の聴覚器官を通して神経組織全体に影響を及ぼし、話者に対して直ちに心理的な反応を引き起こすからである。従来イギリス人とフランス人は仲が良くないと言われているが、この宿敵感情も、もともとそれぞれの発する声質が共通でないことが理由の一つに上げられている。
地理的に隣人国でありながら、お互いに相手の知覚尺度に入れずに、異人として感じてしまい、お互いに批判的になってしまうからである。
また同じ国内でも、例えば東京弁と大阪弁の相違は、声質から来る心理的な固定した観念を生じさせているし、同じ家庭内でも覿子世代による声質の違いからコミュニケーションが難しくなって来ている。都市構造の変化、ハイテクノロジーの生み出す人工音など音の環境は決して人間の耳には優しくない。
特に都市の音響インピーダンスは変化し、そこに住む人間の聴覚神経のストレスは高くなつてきている。
今回の実験は、東京の音響環境の中で、母国語と外国語の関連をベースに共通の好みの音色があるかどうかを探る試みである。     

2.トマティスの法則 注1)

今回の実験は、言語の違いを聞き分ける機材として、電子耳機器を使用した。この電子耳は、フランスの耳鼻咽喉科専攻の医学者アルフレッド・トマティスAlfred TOMATISが考案した機器で、人間の耳を訓練して聴取機能を獲得させ、ことばのコントロール機能を高める目的で使用される。
この機器の開発の基礎となった理論は、「人間の声には耳が聞いたものしか含まれない」というトマティス自身の学説である。


第1法則

「人間の声には耳で聞いたものしか含まれない」というトマティスの学説は、音声心理学者、Raoul Hussonがソルポンヌ大学心理学実験室で確認し、1957年3月にフランス科学アカデミーで「トマティス効果」として、同年6月にパリ国立医学アカデミーで「聴覚を起源とする発声の変化と生理学的臨床的適用例」として報告されている。


第2法則

「耳で聞いた音しか発声できない」とする第1法則から、「損傷を受けた耳が、失われた、あるいは損なわれた周波数を正しく聞こえるようにすると、その周波数は、発声の際に瞬間的、無意識的に再生される」という第2の法則が導かれた。Hussonは1957年6月のパリ国立医学アカデミーの報告の中で、この第2の法則を「トマティス効果の生理学的、生理病理学的帰結」としている。



第3法則

「残留の法則」とされるこの第三法則によれば、「聴覚刺激をある一定の期間与えると、残留現象により被験者の自己聴取の姿勢が変わり、結果的に発声が変わる」。
耳は、中耳の鼓膜張筋とアブミ骨筋で音の調節をし、聴覚に連動して第7神経系統がアブミ骨筋とともに、唇の周囲の口輪筋や前方開口の2 表情筋を制御し、第6神経系統が鼓膜張筋とともに、口を横に引っ張る咬筋を制限して発声を行う。
成人になると、この神経と筋肉の全体が母国語に対応する聴覚によって調整されているが、母国語以外の言語に電子耳を調節してこの聴覚を調整すると、被験者の神経と筋肉回路がその言語に合わせた動きを始める。
この新しい神経−筋肉の作動をある一定の期間訓練することにより脳が記憶し残留の効果を生み出すのである。

 
以上の法則に基づいてトマティスは聴覚を訓練する機器「電子耳」を開発した。この電子耳の信憑性については、世界の先進国で聴覚のリハビリ分野で使用された数十年の臨床結果から見ても信頼できるものである。また外国語分野では、日本や海外で多数の人々が語学や音楽の音感トレーニングを受けて満足すべき成果を上げている。
1989年7月のECの会議で参加国間の言語理解促進のために「ソクラテス」プログラムが打ち出された時、その一環として「AUDIO−LINGUA」計画が1993年から1996 年の3年間に亘って実施され、トマティスの外国語学習法は「STEPS(Systeme Tomatis d'Entrainement a la Perception Sonore−トマティス音知覚トレーニングシステム)」名でイタリア、ベルギー、ドイツ、スペインの大学で実験され、顕著な効果が報告されている。注2)      

3.トマティスの4つのパラメーター  

トマティスは、1966年に十数力国の民族言語から音声の物理的なパラメータを抽出した。
異なる言語の決め手となるパラメータは4つあるとしている。



パラメータ1 パスバンド注3)

トマティスは1964年に「ある個人が聞こえない音を再貌できないことは事実だが、聞こえる音全てを再現できるわけではない」と定義し、「耳には音響スペクトルの内部で周波数の変異体を知覚する能力がある」という説を発表した。
この説の中で、民族言語は、各言語により優先的に使用する周波数(パスバンド)が異なることを示した。このパスバンドが民族言語によって限定されているのは、その地域により音響インピーダンスが異なるため、音声が環境音に紛れずに通りやすい周波数を選択するためである。
そして人間の耳はその帯域の周波数を聴き取る訓練をして慣れるが、使用されない周波数に対して聴覚は馴染まないのである。

パラメータ2 包絡曲線

各民族の音声は、調音音声学のカテゴリーからみてパスバンドがほぼ共通している言語でも周波数毎の音響強度曲線が異なる。この曲線の角度により、発声時の鼻音や歯擦音が形成されたり、二重母音化が生じたり、また綴り字と発音のズレ現象が起きる。


パラメータ3 反応時間

聴覚が音声に焦点を合わせ、聞き取りを開始するまでの準備時間や声道が音素を発する時間が言語によって異なる。
これは純粋に神経学的なパラメータで、聞こえてくる音に反応するために内耳前庭が筋肉の緊張や、その筋肉の相対的な関係に関わる時間のことである。
すなわちこの反応時間は、耳、声道、からだ、神経組織全体が音声に対して体勢を整えるために必要なもので、トマティスは言語によるこの時間の測定を行った。
この反応時間が言葉の流れ、アクセントなどに特性を与えるのである。


パラメータ4 プリセッション(反応時間)

音声を感知して知覚するまでの必要な時間が言語によって差がある、聴覚とからだの同化のプロセスに関するパラメータである。
解剖学的には、音が聴覚器官に進入してくると、内耳迷路に生じる圧力を調整する中耳のアブミ骨筋が緊張し、その緊張に対応して鼓膜張筋が緊張する。
この二つの筋肉の緊張呼応時差が言語によって異なる。

4.実験方法

実験TとUの被験者は、音声の物理的な特徴が異なる国語を持つイギリス人、フランス人、ドイツ人、アメリカ人、日本人をそれぞれ3人ずつ選び、1本の英語のテープを、電子耳を介して披験者の母国語である6言語のパラメータに調整して与え、発声知覚と受聴知覚の違いを比較した。
被験者の年齢は、在日外国人は22歳から46歳、滞在日数は3週間から20年間までの男女12名、日本人は28歳から39 歳、英語歴は様々である。
実験Vは日本人の20歳から53歳までの男女20名を対象として実験Vを行った。
図1の1〜5は使用した英藷テープ「星の王子さま」のスペクトログラムである。


この結果から、発声に関しては英語、米語、独語の高周波成分を含む言語を母国語とする被験者は仏語、日本語の言語パラメータ、反対に低周波音を含む言語を母国語とする被験者は英語、米語、独語のパラメータの時が発声が楽であり、発声者自身良い印象を持った。


実験U 英語の受聴知覚


被験者全員が同じ英語のテープを実験Tと同じ方法で受聴し、耳に馴染みやすさ、また好みの観点から評価した。
表2はその結果である。  



表2は、どの民族も日本語のパラメータによる英語の聞き取りが大変良いことを示している。
被験者は、日本人を除き全員英語が出来、日本で日常英語を使用している。



実験V 日本人における英語の受聴知覚


前記実験Uと同じ方法で、外国語に興味のある日本人のみの実験を行った。
被験者は、英語歴、職業も様々だが、英語教育は最低高校まで受けている。
図2の1〜5はその結果である。


 

5.まとめ

実験Tの表が表わすように、アメリカ人を除き全被験者が母国語のパラメータでは英語の発声知覚が悪いと出た。 アメリカ人の湯合は、在日年数が3人とも半年少々のため、母国語の影響が強く残っているものと思われる。 今後、在日年数の長いアメリカ人対象の実験が必要である。 イギリス人の湯合は、3人とも在日年数が10年から20年と長く、東京の音響インピーダンスの中では英語の高周波音は言語音として通りにくいため、低周波音域を含む日本語や仏語、独語のパラメータでの発声が良かったのであろう。母国語である英語のパラメータで読んだ自分の声は「高すぎる、キンキンしすぎる」と評価は悪かった。 ちなみに、イギリス人被験者のうち2人はリスニングチェックで高周波音の感度が落ちており、中周波・低周波音の聴き取りが良かった。 ドイツ人は母国語が低周波音も含むので仏語、日本語では違和感を持たなかったが、反対に母国語の、独語のパラメータでは「シャープすぎる」という悪い評価を出した。 一方、フランス人と日本人は、低周波音が優勢な言語のため、英語の聴覚を電子耳で得て、高周波音の感度を上げて英語を読む方が楽であった。 日本語のパラメータから英語や米語のパラメータに切り替えると、直に、舌の使い方や息継ぎ、フレーズ感が変化するのが観察された。 仏語や日本語のパラメータの時は、リズム感、息縦ぎ、イントネーションが崩れ、不快な表情をみせた。この実験では、外国語を話すには、母国語の音声パラメータがマイナスの音味で影響を与えていることが判明した。 

実験Uの英語の聴き取り実験では、英語を母国語とする英・米国人を含めて、全員が日本語のパラメータによる聴き取り方に良い評価を出した。 イギリス人は、英語・米語のパラメータで聴く英語は「高すぎる、早すぎる、重みがない」という理由で3人とも惑い評価を出した。
この実験では母国語、外国語を問わず、受聴は日本語のパラメータが一番良い結果となった。 この現象は、母国語の違いによる影響はなくて、むしろ住む国の音響インピーダンスに合わせた音声が「自然感」や「心地良さ」を与えたのであろう。 

実験Vの日本人に特定した湯合にも、実験Vの日本人の評価と同じであった。英語・米語・独語のパラメータでは圧倒的に英語が聴き取りにくくなっており、日本人はイギリス人、アメリカ人、ドイツ人との英語の会話は苦手なことを示している。 英語の聴き取りが楽に感じるのは、耳慣れた日本語のパラメータであるのは当然であるが、仏語のパラメータの方が評価が高かったのは意外な結果で、今後の課題である。 
日本人、フランス人にとって、近年、ますます英語・米語が身近な言語となっているにもかかわらず、心理的な印象が良くないようである。実験によると、イギリス人はフランス人の音声イメージや印象は良いのだが、避けているのはどうやらフランス人の方らしい。(表2)
また、ドイツ人とフランス人では、ドイツ人は仏語の響きに「美しい、軽い」という表現で好感を持っているのに、フランス人は「重い、ごつごつしている」と独語を嫌っている。 

今回の実験は、被験者の数が少なかったこと、東京在住の外国人に限られたこと、そして各人の聴力のレベルを揃えなかったこと、年代別に実験できなかったことなど、サンプリングが少なかった。
今後、世界や国、家庭内で良いコミュニケーションがはかれるためにも、音声が与える民族や個人への心理的影響に関する大掛かりな研究が必要であろう。



注1)滝澤隆幸、大岩昌子 名古屋大学言語文化部言語文化論集 第]Z巻第1号(1996)   「電子耳による聴覚・発声の改善研究」

注2)ヴェローナ大学言語センター "Il progetto Audio Lingua:miglioramento della   comprensione uditiva e della espressione orale di una lingua straniera"

注3)日本フランス語フランス文学会 中部支部研究報告集 No.20 1996年


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