| 記事 No.11 |
1995年1月4日(水曜日)朝日新聞 |
LとRの区別がつきますか
周波数の違い、特訓で聞き分け

二重ガラスで音を遮った小部屋で、ヘッドホンをかけた学生がコンピューター画面と向かい合う。LiveとRive、LagとRag・・・。いま聴いている単語がどっちなのか、二つに一つを選ぶ作業が二百七十二問。失敗するとブザーが頭の中で響き、画面右隅の正解のパーセンテージがカチリと下がる。
英語コンプレックスの日本人にとって、RとLの完全な聞き分けは永遠の難問だ。京都府精華町のATR人間情報通信研究所。研究員の山田玲子さん(三六)は、この頭の痛い問題と付き合って八年になる。
「私たちは、アメリカ人がRとLを聞き分けられるのが不思議だけれど、彼らは私たちがなぜできないか不思議なんですよね」。人は同じように音を聴いているように思いがちだが、実は違う−その確信をつかんで、研究は転がりだした。六年前のことだった。
例えばRight(右)と、Light(軽い)という単語の最初のRとLをアメリカ人が発音する。瞬間、現れた音は、いろいろな周波数を一緒に含んでいる。突き止めたのは、アメリカ人と日本人の耳が二つを区別するのに、手がかりにする周波数成分が全く違う、ということだった。
日本人にはどだい、区別は無理なのか。一年以上の在米経験者百五十人の聞き分け能力を調べたら、「七歳前に渡米すると、外国人並みになる可能性は十分」。ならば大人でも鍛えて矯正できる!冒頭の訓練がこうして始ま
った。訓練の繰り返しで平均七割ほどだった正解率は九割近くにアップ。三力月のブランクの後でも成績は落ちなかった。中年以上に朗報なのは、三十歳代の人の結果が同じだっ
たこと。成果は昨年、聞き分けを助ける訓練ソフト「ATRヒアリング・スクール」として市販され、実験室を出た。
でも、と、山田さんは苦笑する。学会で聞さ取りについて話すと、決まって聞かれるのだそうだ。「じゃあ、RとLの発音は、どうしたらよくなりますか?」。ひたすらに耳の訓練を続けたらその人はRとLをより正しく発音できるようにもなるのか。山田さんは新しい課題の結果を今年、報告するという。
東京・六本木のビル七階。一風変わった語学学習を進めるトマティスジャパンの本部がある。「知らない音は発声できない」と、代表の村瀬邦子さん(五四)は話す。「日本語の音声なら周波数で百二十五ヘルツから1500ヘルツの間にほとんど収まる。でも英語は2000から8000ヘルツくらいまでを、たっぷり使います」覚えたい言語の周波数域などを強調し、個人の聴力にあわせて、その言葉の朗読などを耳にたたき込む。イギリス英語なら、オーディオ装置に似た機材が「イギリス人の耳」を作り出す。「星の王子さま」の朗読は摩擦音があふれ、掻(か)くような刺激をもって聞こえる、という具合だ。
「中学校でRの音は舌を口の中のここで離して、なんて教わりますね。でも、それは学習の後半。前段階の耳作りからやるべきではないでしょうか」と、村瀬さん。考案者アルフレツド・トマティス氏の母国フランスでは、外国からの移民の仏語上達を助けているそうだ。日本では一昨年から、東京と大阪の七ヵ所で八百人が受講したという。
コミュニケーション(対話)能力を伸ばそうと、新学習指導要領に沿った、新しい英語の授業が中学で一九九三年、高校で昨年から始まったところだ。教科書頼みで、まずは日本語で分かろうとした外国語教育。耳からの外国語学習に、耳の科学の応用が盛んになる。
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